昭和33年7月   5日 日本橋七色堂において「おいらく山岳会」発会式
    7月   おいらく山岳会通信(現山行手帖)第1号創刊
    9月   21日 第1回山行 丹沢葛葉川遡行
  34年8月   役員決定 代表小栗善一(初代会長)鈴木勝太郎・山本一郎他4名
    9月   OMC会旗決定(現行と同じ)
昭和35年3月   会員数 119名
    8月   第10号より誌名を「おいらく山岳会月報」とし月刊となる。
    9月   文化放送「ひるの話題」で「おいらく山岳会」について放送(司会秋山ちえ子)ジャーナリズムに初紹介
昭和36年4月   小栗会長他2名 フジテレビに出演(テレビ初出演)
    9月   ペナント(小旗)制定
昭和37年4月   加宮喜一会長選任 
昭和39年4月   会費月100円を年2回徴収とする
昭和41年8月   会費月150円に改定
昭和43年5月   事務所を渋谷区鈴木勝太郎宅に移転
    11月   山行1000回記念集中山行を大岳山にて。参加123名
昭和44年7月   誌名を「山行手帖」とし、表紙もつき機関紙として体裁を整える
昭和46年4月   秋山ちえ子氏テレビでOMCを紹介。会員爆発的増加
    10月   会員1,000名を超す。一部手渡しの会報が全会員郵送となる。
    12月   会報広告1号 (津村順天堂)
昭和47年4月   会費費月額200円に改定
    10月   会報がタイプ印刷から活版印刷24頁建てに。三井田印刷から杜稜印刷へ
昭和48年5月   「テレホンサービス」開始
     6月   NHKカメラレポートで「おいらく山岳会」を放送。問い合わせ殺到「山行手帖」第三種郵便物認可を取得
     9月   料金別納による発送の簡易化
昭和49年4月   会費月額300円入会金1000円に改定
     5月   終身幹事待遇の参事制度を設け、26氏を承認
昭和50年5月   会費1年分前納とする会員数2,000名を超す
昭和51年12月   山行にD級を設定
昭和52年4月   家族会員制(主として配偶者)を設定
     9月   会員数2,400名
昭和55年4月   事務所を神田須田町に移転。同時に事務員を鈴木勝太郎・保谷繁松両幹事に委託
    5月   副会長制を設け二井田恒雄就任
    6月   会報発送業務を業者に委託
昭和57年9月   第1回スケッチ絵画展開催
昭和58年4月   年会費4800円家族会員2400円に改定
     6月   「事故対策部規則」「遭難救助班規則」を制定
昭和59年5月   保谷繁松副会長に選任
昭和60年2月   事務所を渋谷区松濤に移転
     4月   小栗善一に「創始者」の称号を贈る
昭和61年1月   「救難基金規則」を制定
     5月   米谷勇第3代会長に選任。副会長複数制を実施し、5氏就任。高橋功、佐藤節、一之瀬末次、清水耐治、宮下庄三郎。専任事務員を田嶋ユリ幹事に委託
     6月   加宮貴一前会長逝去
昭和63年4月   高橋功第4第会長に選任。副会長一之瀬末次、清水耐治、岩水光輝
平成元年3月   昭和63年度決算報告に救難基金科目が設けられる
     7月   「山行手帖30周年記念号」、発刊30周年記念行事として「おいらく文庫」を開設会員数3,000名を超す
     8月   創立以来の影の功労者鈴木勝太郎逝去
平成2年4月   会長・副会長再選
    11月   房ノ大山で遭難事故発生。事故者は2日後救出
    11月   会則等検討委員会発足
平成3年6月   房ノ大山遭難事故報告を山行手帖別冊で発表。山行中の人員確認など事故対策方針強化
    7月   米谷勇前会長逝去
平成4年1月   「役員選出規則」を制定
    3月   第1回集中山行大岳山にて実施
    4月   会長・副会長全員再選
    7月   「事務所運営規則」ほか制定
平成5年4月   会則大幅改訂。各部規則を制定。入会金3,000円、会費6,000円、家族会員3,000円に改定事務所属職員急病のため中野佳子幹事他7名の幹事で代行
     6月   おいらく祭り実行委員会発足。夏山ベストルート始まる
     7月   事務所属職員林直子会員に委託
     8月   唐松岳八方尾根で事故発生。事故者はヘリコプターで救出
平成6年6月   清水耐治第5代会長に選任。副会長 丸山信良・土方達大・吉田裕
     8月   文化部創設に伴い規則制定
平成7年1月   創始者小栗善一逝去
     4月   年会費7,800円、家族会員3,900円に改定。この頃より主婦と生活社・朝日新聞・ダイヤモンド社などマスコミの取材が多くなる
平成8年6月   清水耐治会長再選。副会長 丸山信良、吉田裕、笹本元一
平成9年6月   会則改訂、例会は8月12月を除く年10回とする
平成10年6月   佐藤彦一第6代会長に選任。副会長 川島慶子、高橋弘道、丸山信良
庶務部と集会部を合わせて総務部とする
平成12年6月   佐藤彦一会長再選。副会長 高橋弘道、川島慶子、中島精一
平成14年6月   佐藤彦一会長再選。副会長 矢口芳昭、川島慶子、松浦啓允
平成16年6月   矢口良昭第7代会長に選任。副会長 有坂勝栄、吉川とみ江、滝澤幸一
平成18年5月   公式ホームページ開設 シンボルマークを制定
     6月   吉田仁洸第8代会長に選任 副会長 森岡保、滝澤幸一、佐野忠司
     同月   広報部新設
     7月   組織改革議論開始
平成19年6月   幹事会改革と部活動活性化 具体策決定
     11月   清水耐治元会長逝去
平成20年6月   創立50周年総会、会則改定、幹事会を役員会と幹事会に分離(理事職新設)山行統括部新設(山行研究部と事故対策部を統合、(文化部を山行文化部に呼称変更)安全登山グループ新設吉田仁洸会長再選 副会長 森岡保、滝澤幸一、藤田眞太郎、理事 有坂勝栄、大久保哲男、吉野誠、松井俊征、佐藤忠男
平成20年7月   創立50周年
 平成22年6月   吉田仁洸会長再選 副会長 大久保哲男 滝澤幸一 吉野誠 
平成24年6月   松井俊征第9代会長に選任 副会長 滝澤幸一、吉野誠、村松みさを
      6月    財政健全化対策委員会を設置
     12月     東京都山岳連盟加入
平成25年3月   第1回幹事交流会開催 奥武蔵あじさい館
  10月    活性化委員会を設置
平成26年5月   立山三山富士折立で滑落死亡事故発生  女性会員1名死亡
     6月   松井俊征会長再任副会長三上秀樹 村松みさを 濱田正和会組織改編 理事の廃止 山行統括部を廃止し教育部 入門部 企画部を新設  
 年会費9,800円 家族会員 4,900円に改定
      6月   立山三山滑落死亡事故検証委員会を設置
平成27年3月    第2回幹事交流会開催 あきる野市養沢センターにて
9月   会山行審査基準等検討委員会を設置
平成28年6月   濱田正和第10代会長に選任。副会長 藤田英夫、村松みさを、在田みな子
      7月   会員増加対策委員会を設置
 平成29年3月   第3回幹事交流会開催 あきる野市養沢センターにて
 平成30年6月   創立60周年総会・祝賀懇親会
北区北トピアにて開催
濱田正和会長 再任 副会長  藤田英夫、村松みさを、在田みな子
 7月    創立60周年