◆ 「慰霊文」
 
予測のつかないリスクを知りつつも、その魅力あふれる山に導かれ、登山を楽しみ、山の
恵みを享受する私達山岳会としても、自然への畏敬の気持、安全登山への誓いを新たにする
ものです。

今も生々しく残る当日の記憶を胸に、817日、二人の会員が慰霊登山を果たされ、その思い
を寄せて下さいました。

 

        御嶽山慰霊登山を終えて
                                             蕪木 峯子

今回の慰霊登山は5年目の節目の今年にと心の片隅に思い、出来れば救助隊と

下山した濁河温泉の小坂口から、お世話になった五の池小屋経由で山頂に立ちたいと

思っておりましたが未だ通行規制で、ロープウェイの黒沢口と山頂の往復となりました。

 

 遺族会会長さんとは機会ある事に連絡を取り合い、この五年ほんの少しでもお役に立てたらとの
思いで過ごしてきました。

今回、同行の男性お二人は当日3人で登山、お一人(Aさん)を亡くされて

この5年、毎年入山可能地点まで慰霊登山をされているそうです。

 途中山頂が見えてきた時は、沢山の命が失われたと胸に迫るものがありました

山頂で信濃毎日新聞社、NHK長野放送局の取材を受けながら検証すると

お互い至近距離で噴石をしのいでいたようで驚きました(逃げ場所は祈祷所の庇のみ

で当たり前ですが)
 噴火直後に私の左隣にいらしたのがAさんだったのですが(私は写真のザックの所)小康状態に
なり気が付いた時には、噴石で頭が陥没し私の足元で亡くなっていました

 

未だ公開できない動画に噴火直後の私とAさんが隣り合わせで賽銭箱の横、祈祷所の軒下近くに
逃げ込む様子を写真で見せてもらい“生死は紙一重”と改めて胸が潰れる思いでした。

  お二人はAさんを何とかしようと誰もいなくなる13時半頃まで山頂に留まり(私達は12時半
過ぎ?に祈祷所に逃げ込む)その後黒沢口へ向かったとの事でした。

左肩を骨折、右手と頭、腰に大怪我をされたがもっと酷い怪我をした大勢の人が必至に歩いてい
る姿を見て頑張って下山。救急車で病院に運ばれ応急手当を受けたそうです。

 

未だご家族の元へ帰れない登山者5人、山頂に立つ自分、ただただご冥福を祈る事しか出来ませ
んでした。

                                                      2019823
新聞記事




     
       山頂直下に設置されたシェルター

残った土台の上に建替えた山頂の祈祷所(庇の形が違っていた)

 修理された御嶽神社の奥宮