2024.5.21 旧白洲邸・武相荘と薬師池 D
山行名 旧白洲邸・武相荘と薬師池 D
山行日 2024年5月21日(火)
リーダー 松井俊征
参加者 25名 男性3名 女性22名
コース 鶴川駅―武相荘―鶴川駅=町田駅=薬師池=町田駅
歩行時間 4時間 (見学・昼食時間含む)
コメント
集合は小田急線鶴川駅。 武蔵国と相模国の境にあることと、 “無愛想”をかけたユーモアで名付けられた、旧白洲邸・武相荘に行ってきました。1943年に白洲次郎・正子夫妻が「終の棲家」に選んだ萱葺き屋根の養蚕農家の母屋は、幕末期の建物だそうで、2001年からミュージアムとして一般公開され、展示された遺愛の品々、調度品や、書斎の風情から、夫妻の美意識に満ちた暮らしが感じられ、貴重な資料から、戦後史に残る白洲次郎の活躍振りも知りました。家族のダイニングルームを改造したというレストランで、名物のチキンカレーのランチの後、2000坪の広大な敷地内の緑豊かな庭や散策路を巡り、今なお残る武蔵野の自然を楽しみました。
午後は、町田薬師池公園へと電車とバスで移動。薬師池は、戦国時代末期に湧水を堰き止めた溜池を、広い水田に水を得るため更に掘り直し、地域の農家で守ってきた灌漑用水と、薪を取る雑木林一帯を、昭和51年に公園として整備したそうです。緑滴る公園を散策して、薬師池の名の由来となった野津田薬師堂に参詣しました。秘仏の薬師如来は、天平の時代に、行基菩薩が彫ったと、現存する寺の巻物に記されていて、十二年に一度、寅年の春のひと月だけ、厨子の扉が開かれ、その際に近在の二十数ヶ寺の秘仏薬師如来が一斉に開扉され、多くの人が巡礼に訪れるそうです。
「生涯歩くおいらく山岳会」で歩き続けて、次の寅年、10年後の2034年には再訪したいものだと思いました。
投稿者 藤田幸子
写真撮影者 藤田幸子
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